雑食こけしの読書録

読書記録をメインに趣味のことをゆるく書いています

森見登美彦『四畳半タイムマシンブルース』

森見登美彦はやはりいいなあ、という話。

駄目大学生の腐れた青春を描く傑作「四畳半神話大系」の続編的位置付けで書かれた本作。ストーリーの大元は、ヨーロッパ企画という劇団のヒット作品「サマータイムマシン・ブルース」とのことです。元ネタの方は見たことがないので、なんともいえないのですが、基本的にストーリーは同じみたいですね。

タイムマシーンという壮大な設定ながら、クーラーのリモコンをめぐって昨日と今日をめぐるだけのスケールの小さな、それゆえにバカバカしく微笑ましささえも感じるストーリーです。

元ネタはWiki程度の知識しかありませんので、小説版を初見の感想としては、ただただ面白い、です。輝かしい青春の日々を過ごしたいと思いながらも、メフィストフェレス的な悪友・小津によって堕落へと落とされる主人公は、今年こそは有意義な夏を過ごすのだと決意をするものの、なんとクーラーのリモコンが小津の倒したコーラにより水没。京都の酷暑の中をクーラーなしで過ごさなければならないことになります。

だがしかし、そんな主人公たちの前にタイムマシンが現れるのです。昨日に戻って壊れる前にリモコンを取って来ればいいじゃないか!!意気揚々とタイムマシンに乗り込む主人公たち。

いや待て。よく考えてみよう。過去を変えることは自分達の存在を消してしまうこと、さらには宇宙そのものの消滅に繋がってしまうのではないだろうか。
歴史改変を防ぐべく立ち回る主人公と、そんな苦労などつゆ知らず、思い思いに過去を満喫する小津をはじめとする友人たち。

主人公は宇宙の危機を救うことができるのか。
リモコンの運命は。
そして、密やかな思い人明石さんとの恋の行方やいかに。

昨日と今日の小さな時間軸で繰り広げられる青春劇は森見登美彦のくだらなくも流暢な文体にぴったりです。

樋口氏が「まかせたまえ」と言ってタイムマシンに乗りこんだ。「しばらくどこかへ行って適当なタイミングで帰ってこよう」
すかさず小津も「おともしまっせ」と乗りこんでいく。

主人公は「いくらなんでもこれはまずい」と思うわけですが、おそらく読者の誰もがそう思うに違いありません。ここに至るまでの一連の見事な描写により、この二人が考えうる最悪の人選だと誰もが確信してしまうのです。

アパートの主・樋口清太郎と明石さん所属の映画研究会の会長で唯一ともいえる常識人・城ヶ崎さんの掛け合いが私はとても好きです。私生活では絶対に関わりたくないけれど、魅力的なキャラクターの作り方が森見登美彦は非常にうまい。

心地よい読後感の残る良作です。

PS: 3週間限定で公開されている映画も先日観てきました。のっぺりとしたある意味古風な絵柄が作品の雰囲気に合っていてとても面白かったです。


綾辻行人『Another』

いまさらですが、読んでみました。

主人公である榊原恒一は父親の仕事の関係で一年間だけ、祖父母の家のある夜見山で暮らすことになりました。中学校3年生の一年間というなんとも中途半端な転校ですが、その後は元いた中高一貫の東京の進学校に戻れることが決まっており、気楽なものではあります。

転校を前に持病が発症してしまった彼は、学校よりも先に夜見山の病院に入院することになりましたが、クラス委員がお見舞いにもきてくれ、転校先も悪いところではなさそうです。そして、退院を翌日に控えたある日、彼は病院で不思議な少女と出会うことになるのです。転校先の中学校の制服を着たその少女は左目を眼帯で隠し、「下半分を届けにいく」と謎めいたことを口にして地下2階へと降りていきました。(後で知ることになるのですが、そこは霊安室でした)

翌日、無事に退院して学校へと行った彼は、例の少女が同じクラスであることを知ります。作り物のような青白い肌をした黒髪の少女。明確には描写されていませんが、おそらくはかなりの美少女なのだろうと察します。

しかし、程なくして彼は奇妙なことに気づくのです。

その少女、見崎鳴はクラスの誰からも認識されていないようなのです。主人公には彼女の姿は見えるし、会話もできる。それなのに担任、副担任含めクラスの誰もが彼女がいないもののように振る舞っているのでした。

異様な雰囲気を覚えながらもそれでも少女に近づいていく主人公。

そんな中、クラスメイトの一人が主人公の見ている前で凄惨な死を遂げ、そこからはじまる死の連鎖。それは、クラスに知らぬうちに紛れ込む「死者」を起因とする「三年三組の呪い」というものだそうです。「死者」を殺すことで歪んだクラスのバランスは元に戻り、死の連鎖から逃れることができるのですが、周囲はもちろん「死者」自身の記憶も塗り替えられているため、「死者」を識別する方法はありません。

誰が「死者」なのか、をテーマとして語られるストーリーは不気味さと妖美さが混在して、なるほど「囁きシリーズ」以降の綾辻行人感が満載です。ラストであかされる意外な犯人(死者)には多くの伏線が散りばめられており、知った後でもう一度読み返してみたいと思いました。

ミステリに必須の圧巻のどんでん返しはあるものの、全部すっきり解決という訳ではなく、やはりこれはホラーと呼ぶべきものなのでしょう。

メディアミックスされてかなり話題を呼んだ本作ですが、妖しい魅力のあるヒロイン・見崎鳴は確かにビジュアル映えしそうです。「館シリーズ」以来、あまり綾辻行人作品に触れてこなかったのですが、ホラー作家と割り切って読んでみるのも面白そうだなと思いました。


朝井リョウ『何者』

就活仲間として対策や情報交換を行う五人の若者の人間模様を描いた作品。
2013年直木賞受賞の本作をようやく読んでみました。

物語は五人のうちの一人、二宮拓人目線で語られます。彼は学生劇団の主要メンバーとして活躍していましたが、就活を期に引退しています。
他には、ぎりぎりまでバンド活動にいそしんでいた光太郎、留学から帰ってきたばかりの瑞樹、帰国子女でアクティブな理香、理香の彼氏である隆良。性格もバックグラウンドも就活に対する姿勢も様々な五人は、拓人・光太郎と理香・隆良がそれぞれルームシェアするアパートが一緒だったことから、頻繁に集まり、就活に励むことになります。

時折挿入されるSNSや、はたまた日常の会話からも、表向きは仲良く活動しようという彼らの関係は穏やかならざることが分かり。
そしてその不穏な空気は、就活の成果が徐々に出始めたころから決定的なものになっていきます。

これは痛い。
若さゆえ青さゆえの痛さがつらい。

「十点でもに十点でもいいから、自分の中から出しなよ。自分の中から出さないと点数さえつかないんだから。これから目指すことをきれいな言葉でアピールするんじゃなくて、これまでやってきたことをみんなに見てもらいなよ。自分とは違う場所を見てる誰かの目線の先に、自分の中のものを置かなきゃ。何度も言うよ。そうでもしないともう、見てもらえないんだよ、私たちは。百点になるまで何かを煮詰めてそれを表現したって、あなたのことをあなたと同じように見ている人はもういないんだって」

これは瑞樹のセリフです。自分はきっと他とは違う何者かになれると信じて、ただ走ればよかった学生時代。しかし、就活は採用、不採用で評価され続けることになります。自分は何者なのか、何者になれるのか、自分の中の定規が否定される事実。

懊悩する若さがとてもよいです。

著者のデビュー作「霧島、部活やめるんだってよ」を読んだ時はそれほどピンと来なくてそれ以降、読んだことがなかったのですが、こんなに面白い話を書く人だったのですね。もしかすると、彼らと同じ世代ではなく、上の世代になってこの生々しい苦悩から距離を置けるようになってから楽しめる作品なのかもしれません。


隆慶一郎『影武者徳川家康』

先日、関ヶ原に行ってきました。

「兵どもが夢の跡」を思わせる、のどかでとてもよい場所です。
とはいえ、いたるところに関ヶ原の史跡があり、さらに、駅前の観光案内所の武将コインロッカーや電柱に貼られた豆知識等々、自治体単位での観光地化への努力がかいま見られ、非常に楽しめました。

ということで、完璧に影響を受けて、久しぶりに読み返しました。名作「影武者徳川家康」。


本作は、徳川家康が実は関ヶ原の戦いの時に死亡し、それ以降の歴史で語られる徳川家康は影武者だったという大胆な説に基づいた小説です。
主人公、世良田二郎三郎は鉄砲の名手で、「上ナシ」という主を持たない自由民――道々の者でした。しかし、徳川家康の親友でもある本田弥八郎正純に見出され、徳川家康の影武者となります。

天下分け目の関ヶ原

この戦いで戦乱の世に終止符を打てたなら、二郎三郎は役目を終え、自由民に戻れるはずでした。
しかし、徳川家康の死により大きく歯車が狂ってしまいます。

関ヶ原の戦いのさなかでの徳川家康の死は、二郎三郎の機転により、無事に徳川側の勝利に終わりました。

しかし、徳川側についた大名たちは、徳川家についたのではなく、あくまでも「天下一の弓取り」として名高い徳川家康についたのです。
後継者たる息子の徳川家忠は、よりによって、この重要な戦いに遅参するという醜態をさらしていました。
徳川家康の死が他の大名たちに知られては、天下をまとめ切れることなどできず、再び戦乱の世に逆戻りしてしまうのは明らかです。

ではどうするか。

徳川家が盤石になるまでは、家康の死を公にするわけにはいきません。
つまり、二郎三郎が家康本人である、という体を保つしかないのです。

徳川家の地盤づくりのためには欠かせない二郎三郎ですが、それが成った後はリスク以外の何物でもなく、息子秀忠に代を譲った時点で彼は消されてしまうでしょう。
そうならないためには対抗勢力、すなわち豊臣秀頼を徳川家への脅威として生かし続ける必要があります。それは、皮肉にも徳川家康の暗殺を実行した石田三成側の武将、島左近と配下の忍者六郎の目的にも合致したのです。

徳川家康の影武者と石田三成重臣は水面下で手を組み、徳川秀忠の企みに対抗していくことになるのです。

突飛にすぎる設定ながら、さまざまな史料を織り交ぜながら語られる、徳川家康(二郎三郎)の行動根拠の説得力は尋常ではありません。
秀忠がこらした悪巧みを、老練にかいくぐり、翻弄する様は痛快です。

読み終わった時、もう一度、日本史を学びたくなると思うこと請負です。
何度読んでも面白い、歴史小説史上に残る大傑作であると私は思います。

リディア ケイン (著), ネイト ピーダーセン (著), 福井 久美子 (翻訳)『世にも危険な医療の世界史』

医療の発展は試行錯誤の連続でもあります。かつては正しいと信じられていた説が、効果がないどころか害にさえなりうることもあるのです。
本書はこれまでの人類史で、実際に行われていた医療(現在では意味を持たない)に焦点を当てて、紹介をしたものです。

  • 体の毒素を排出するために水銀を服用する
  • 美しくなるためにヒ素を飲む
  • 子供の夜泣きを治すためにアヘンを与える

こんなことが実際に行われ、当時は正しいと信じられていたのです。現在の常識に当てはめてみると、これらの恐ろしいこと、おぞましいこと。

全28章からなる短いテーマの集合になっていますので、怖いもの見たさで興味のあるテーマを読んでみるのもいいかもしれません。

本書は信仰が医療に大きく作用していた中世の医療のほか、脳の一部を削除することにより、精神疾患を治療するという「ロボトミー手術」についても言及しています。

読んでいて恐ろしさに眉を顰めること間違いないですが、痛ましいのは、利かん坊だったり手に負えなかったりした子供に対してロボトミー手術が行われたこと。その例として、やんちゃゆえに継母にロボトミー手術を行われた子供があげられていました。(フリーマンとは当時のロボトミー手術の権威だった医者の名前です)

四人の精神科医が、治療が必要なのは継母の方だと診断したが、結局継母は、フリーマンを説得して少年のロボトミー手術を執刀させた。

笑いごとではないのですが、全くその通りと思わざるをえません。

今後、さらに医療が発達して、現在の治療方法が前時代の医療としてあげられる未来が来るかもしれません。しかし、少なくとも、昔に生まれなくてよかったと、抜歯を経験した個人としては思います。

伊坂幸太郎『AX』

更新が滞ってしまいました。久しぶりの更新は、これまた久しぶりに読んだ伊坂幸太郎「AX」です。「グラスホッパー」「マリアビートル」に続く殺し屋シリーズの3作目で、「AX」というタイトルもこれまでに漏れず、昆虫であるカマキリの斧を意味しているとのこと。

本作の主人公は「兜」という名前で活動をする殺し屋、しかもかなり腕のよい殺し屋です。

フェアを重んじる兜は、拘束したターゲットであっても一度、縄を解いて正々堂々の勝負に持ち込み、そして殺してきたのです。そんな兜は、文房具メーカーの営業という表向きの顔を持ち、極端なまでの恐妻家です。妻の意見にはイエッサーとばかりに首肯し、妻の機嫌を損ねることのないように対応を研究したノートまで作成する始末。

妻と一人息子をこよなく愛し、ターゲットを殺すたびに、彼らにも大切な家族がいるはずなのだと懊悩する兜は、殺し屋稼業から足を洗いたいと、自分の管理者である「医師」に打ち明けるのです。

本書中ではほぼほぼ負け知らずの兜の、緊迫感のある殺し屋としての話と、コミカルなプライベートの話が入り乱れて読み飽きません。特に2回にわたって語られる、スズメバチ退治の話など、2度目は切なささえ感じました。

「だから、大事な人ができると、ちょっとしたことでも相手が離れていくんじゃないか、って怖くなるんだよね」

これは息子(成長後)の妻が義理の父を評して言ったセリフです。これほど実力もある殺し屋である兜が、どうしてここまで妻におもねるのか違和感がありましたが、これが理由なのでしょう。

妻のことが大切で大切でたまらなかった兜は、壊さないように、いなくなってしまわないように、まるで宝物を扱うように接していたに違いありません。そして、妻が兜を必要以上に邪険に扱っているように見えたのは、そんな夫に苛立っていたためかもしれないです。

成長した息子によって解きほぐされていく不器用な夫婦の形は、切なくも愛おしいものでした。

伊坂幸太郎を久しぶりに読みましたが、やはりいいものですね。面白かったです。

田畑 泉『究極の科学的肉体改造メソッド タバタ式トレーニング』

数十秒間で疲労困憊するような運動を、休憩を挟みながら繰り返すことにより身体能力を鍛えるという、有名なトレーニング方法です。

スピードスケートの清水選手が取り入れていることでも有名です。
その手法について、提唱者の田畑博士が手ずから書いた本書。
実際のトレーニングメニューを写真で解説しつつ紹介されていますので、今すぐにでも始められる懇切丁寧な作りになっています。

本書で紹介されているタバタメソッドは、無酸素運動有酸素運動のいいとこどりのようなそんな手法なのだそうです。

しかも、実際の運動はほんの4分で、アップとクールダウンを含めても三十分程度と、時間的な制約も少ないのも大きなメリットです。
面白そうなので、やってみたいと思いながらやはり室内でやるにはドタバタしすぎるため、まだ一度もできていないのが現状。

たった二十秒で疲労困憊になるくらいの負荷の高い運動なのでそれも当然なのでしょうが、テレワークの合間にとはなかなかうまくいかないものです。
負荷度合いを含めて様々な運動が紹介されており、試してみるには十分すぎる情報量だとは思っているのですが……


ちなみに、本書のフォームのモデルをしているのは、体育大学の学生さんだそうです。
形がとてもきれい。そして、ジャンプ力が高過ぎて見惚れてしまいました。
流石の身体能力です。