雑食こけしの読書録

読書記録をメインに趣味のことをゆるく書いています

隆慶一郎『影武者徳川家康』

先日、関ヶ原に行ってきました。

「兵どもが夢の跡」を思わせる、のどかでとてもよい場所です。
とはいえ、いたるところに関ヶ原の史跡があり、さらに、駅前の観光案内所の武将コインロッカーや電柱に貼られた豆知識等々、自治体単位での観光地化への努力がかいま見られ、非常に楽しめました。

ということで、完璧に影響を受けて、久しぶりに読み返しました。名作「影武者徳川家康」。


本作は、徳川家康が実は関ヶ原の戦いの時に死亡し、それ以降の歴史で語られる徳川家康は影武者だったという大胆な説に基づいた小説です。
主人公、世良田二郎三郎は鉄砲の名手で、「上ナシ」という主を持たない自由民――道々の者でした。しかし、徳川家康の親友でもある本田弥八郎正純に見出され、徳川家康の影武者となります。

天下分け目の関ヶ原

この戦いで戦乱の世に終止符を打てたなら、二郎三郎は役目を終え、自由民に戻れるはずでした。
しかし、徳川家康の死により大きく歯車が狂ってしまいます。

関ヶ原の戦いのさなかでの徳川家康の死は、二郎三郎の機転により、無事に徳川側の勝利に終わりました。

しかし、徳川側についた大名たちは、徳川家についたのではなく、あくまでも「天下一の弓取り」として名高い徳川家康についたのです。
後継者たる息子の徳川家忠は、よりによって、この重要な戦いに遅参するという醜態をさらしていました。
徳川家康の死が他の大名たちに知られては、天下をまとめ切れることなどできず、再び戦乱の世に逆戻りしてしまうのは明らかです。

ではどうするか。

徳川家が盤石になるまでは、家康の死を公にするわけにはいきません。
つまり、二郎三郎が家康本人である、という体を保つしかないのです。

徳川家の地盤づくりのためには欠かせない二郎三郎ですが、それが成った後はリスク以外の何物でもなく、息子秀忠に代を譲った時点で彼は消されてしまうでしょう。
そうならないためには対抗勢力、すなわち豊臣秀頼を徳川家への脅威として生かし続ける必要があります。それは、皮肉にも徳川家康の暗殺を実行した石田三成側の武将、島左近と配下の忍者六郎の目的にも合致したのです。

徳川家康の影武者と石田三成重臣は水面下で手を組み、徳川秀忠の企みに対抗していくことになるのです。

突飛にすぎる設定ながら、さまざまな史料を織り交ぜながら語られる、徳川家康(二郎三郎)の行動根拠の説得力は尋常ではありません。
秀忠がこらした悪巧みを、老練にかいくぐり、翻弄する様は痛快です。

読み終わった時、もう一度、日本史を学びたくなると思うこと請負です。
何度読んでも面白い、歴史小説史上に残る大傑作であると私は思います。