雑食こけしの読書録

読書記録をメインに趣味のことをゆるく書いています

梅原 大吾 『1日ひとつだけ、強くなる。』

日本で最初のプロゲーマーとしてレジェンド的な存在である梅原大吾による本です。

今はe-sportsとしてプロゲーマーという存在は認知されていますが、長く、子供の遊びといった認識をされ続けてきたゲームの世界で食べていくのは大変だったのだろうと思います。

色眼鏡で見られたり、逆に過剰な期待をかけられすぎたり。
そんな環境でも今なお、第一線で走り続けているプロゲーマーウメハラの、ゲームに対する向き合い方、考え方が濃縮された本です。


どんなジャンルであれ、私はプロという存在に敬意を持っています。
もちろん、単にそれでお金を稼いでいる人ではなく、プロという自覚と自負を持ち、プロでい続けるための努力を怠らない人のことです。

プロゲーマーという特殊な職業だけに、成果を出し続けなければならないというプレッシャーは相当なものなのだろうと思います。その中で、何を考え、何をやってきたのか、プロゲーマー・ウメハラのゲームに対する真摯な姿勢が伝わってきてとても面白いです。

印象的だったのは、プレイスタイルに対する柔軟性です。

自分の勝ちスタイルを持って、その状態に追い込めば自分の勝ち、というやり方を彼は否定しています。
スタイルにこだわると、壁に当たった時に、軌道修正が効かなくなると。
だから、小手先の変更だけで対処できるものなのか、それとも根本的に改善が必要なものなのかを見極めなければならない、とも。

自分自身の仕事に対するプロの考え方は、生き方そのものであり、下手なビジネス書を読むよりもためになると思います。

このあたりなんて、しみじみ身につまされる思いです。

何も積み重ねることなく、身勝手なやり方でやっていることを個性だと思っているのは自分だけだ。

一流のプロは本当にかっこいい。


ナ月 (著), 阿部洋一 (イラスト) 『みんなの精通』

買ったきっかけは、私の好きな阿部洋一が挿絵を描いていたからなのですが、しょうもな、と思いつつ一気に読んでしまいました。

タイトルの通り、投稿者からの精通の体験談を集めた一冊です。
精通――つまり初めての射精です。

それを体験するのは、だいたい小学生から中学生の間。
男子が最もバカな年代という印象があります。
ゆえに、そのエピソードもバカバカしいものばかり。

意図せずして精通してしまい、何かの病気なのではないかと不安になったり、周りの体験を聞いて焦りから精通したり、そのきっかけは様々ですが、いずれも共通しているのは、おバカな中に若干の微笑ましさの混ざる体験です。(たまに、ちょっとヤバめなのが紛れていますが)

子供ってバカだなあと思いながらも、その飽くなき好奇心と行動力に感心したり。
私には経験のしようのない話ではあるのですが、人によっては懐かしい思いに浸れるのかもしれないですね。

こういう投稿形式のものは、たまに妙な文才のあるものが紛れていたりしますが、個人的にはザ・投稿という感じのあっさりかつ淡々とした文章の方が好きです。
各エピソードは当然ながら短いですので、時間潰しとか息抜きにもどうぞ。


品田 遊 『止まりだしたら走らない』

中央線を舞台にした群像劇です。
特に大きな事件は起こらずに、普通の人が抱える、小さくも微笑ましい事件を丁寧に描写しています。

話の軸になるのは、自然科学部所属の都築と、ひとつ上に当たる新渡戸先輩。野外活動のために、彼らは先に行った部長をはじめとする他のメンバーを追いかけて、東京から高尾まで、中央線で移動していくのです。

とりとめのない会話をしながら、平和に過ぎていく日常。
一話一話は短く、とても読みやすいです。

とはいえ、一話ごとにに起承転結があるかというと、そういうわけではありません。
Amazonのレビューを見ると、著者はラジオをやっているようですので、読者から投稿されたエピソードを書き起こす、というイメージで書かれているのかもしれません。

都築・新渡戸の物語の合間合間で挿入される多種多様な人々の生活。
本筋と何か関係があるのかと思って読んでいたのですが……どうなんでしょう?
すべてが絡み合って、最後にばちりとはまってくれるのも好きですが、無秩序に人々は自分自身の人生を一生懸命生きている、というのがテーマな気もします。

さてさて、中央線のユーザーにはいろんなタイプがいます。

特に印象に残ったのは、この唐突なカミングアウト。

そして、かれは露出狂だった。金曜日の夜になると、学校帰りの中高生の前に現れ、おもむろにズボンを下ろすのが彼の習慣だ。

強烈な設定を膨らませるでもなく、他の登場人物たちと同じトーン、密度で終わらせてしまうところは面白いなと思いました。


高野秀行 『辺境メシ ヤバそうだから食べてみた』

辺境ルポライター高野秀行による食レポです。

とはいえ、どんなことにも体当たりで取材をする姿勢は全く変わらず、サブタイトルに「ヤバそうだから食べてみた」とある通り、単に各国の珍しい食べ物を食べるというものではありません。読んでいて思わず顔を顰めてしまうようなゲテモノを、臆せず、というよりもむしろゲテモノだからこそ積極的に味わってみる、という恐ろしいまでの行動力と恐れ知らずの姿勢で書かれた90近くの品々。

広い意味では食レポです。
にもかかわらず、食べてみたいというものが数えるほどしかないという凄まじさ。

例を挙げるなら

  • ゴリラの肉
  • サルの脳味噌
  • カエルのジュース
  • タランチュラの素揚げ 等々

食べなければ死ぬ、くらいの極限に達しないと私は決して口に入れないであろうものを、進んで(時には好んで)食す様はもはや呆れるどこか、尊敬さえしてしまいます。

ゲテモノに慣れすぎて、調理前の状態で見せられた昆虫(「あなたたちは今からこんなものを食べるんですよー」的なサービスと思われます)を、「うん、こんなものなのか」と拍子抜けしつつ食べてしまい、逆に店の人をびっくりさせてしまったというエピソードはもはやご愛嬌といったところでしょうか。

こなれた文章でさらりと書かれていますので、読みやすく、非常に面白いです。


とはいえ、この話はちょっと引いてしまいました。

山東省に行ったとき、親しくなった病院勤務の外科医に「胎盤を食べる」と聞いて驚いた。


ここでの胎盤は人間のものです。赤ちゃんと一緒に出てくるそうですが、【どうしても食べたく】なる、という思考回路はどうなっているのでしょうか。

しかし、未知の世界を読むときは、常識を超えたぶっ飛んだ考えであればあるほど、知らない世界を見ることができます。
私たちの決して入り込むことのできない世界を、ぶっ飛んだ感性で飛び込んでいってくれる人がいる、ということに感謝して、面白く読むのが正解なのでしょう。


ズュータン 『妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。』

タイトルの通り、著者はマルチ商法をめぐる悲劇を体験しています。

そして今は、マルチ商法の被害にあった人々にインタビューをして、noteで公開をすることにより、マルチ商法の危険に対する啓蒙活動を行なっているそうです。

前半はマルチ商法によってもたらされた著者自身の悲劇を、後半は著者が集めたマルチ商法被害者の声を記載しています。

マルチ商法は決して彼岸のことではない

全編を通して著者がひたすらに訴えていることは、これに尽きると思います。


「うまい儲け話がある」「不労所得を得られる」
多くの人が想像するマルチ商法の被害者は、美味しい話に安易に釣られた思慮の足りない人――
そんなところでしょう。

しかしこの本を読むと、マルチ商法の手口がそれよりもはるかに巧妙であることがわかります。

  • 自分の居場所が欲しい
  • 認められたい
  • 褒められたい

そんな思いにつけ込み、マインドセットを変えて、そして、いつの間にかマルチ商法にどっぷりとはめ込んでしまう。
その手法はもはや、宗教と呼んでもいいほどに巧妙で狡猾なものでした。


家庭生活の末期に、著者がわずかな希望を込めて送ったメールに対する妻からの長い長い返信。
これは他人事ながら、背筋がぞっとします。

直接的な怖さではありません。


ただ、人ではない何かが人のふりをしているような。
何かが愛する妻の振りをして、夫を気遣うふりをしている。

【僕の妻は死んだのだ

と、著者が思うのもさもありなん。


元々ネットで公開されていたということもあり、非常に読みやすいです。
被害者をなくすために、被害者にならないために、読んでおいた方が良いと思いました。


北川 恵海 『ちょっと今から人生かえてくる』

もう六年前になりますが、前作「ちょっと今から会社やめてくる」は、かなり話題になりましたね。

ブラック企業で心を病んで死を選ぶ直前、ヤマモトと名のる謎の男に助けられて、新しい人生を歩みはじめた青山隆。
そのサイドストーリーともいえる本作は、青山の周りの人たちにスポットライトを当てた作品です。

群像劇仕立てではありますが、本筋にいるのは、青山の元先輩である五十嵐諒です。

彼は学生時代からずっと、何ごともスマートにそつなくこなす自信家でした。
しかし、就職活動に失敗し、いわゆるブラック企業に入ってしまったところが歯車の狂いはじめでした。
必死でそれでいて、そんな姿を見せないようにあがき続けてきた彼は、後輩の青山に対して手ひどい裏切りをしてしまうのです。

青山が会社を辞めたのちも罪悪感を引きずり続け、体の不調を自覚しつつ会社に通い続ける五十嵐。
ある日、駅でぐったりしていた彼を助けたのは、ヤマモトと名のる男でした。

なれなれしいほどに人懐こくて、だが、どこか憎めないヤマモトのペースに乗せられて、五十嵐も過去を振り切り、自分の道を歩んでいくことを決意します。

どの物語も心が温かくなりますが、私は特に各人の結末が出そろう【『無題』B面】という章が好きです。

幼いころに両親とともに夜逃げをした、というつらい過去を持つ若者が主役の回。
何も持たずに、思い出さえも捨て去った若者が、同僚からラジオをもらうことから始まる話です。

きっと、いつかの未来に僕の持ち物は増える。

これだけ書くとなんでもない文章なのですが、素敵な未来が見えて嬉しくなっちゃいます。

誰もが他者に影響を与え合って人生は回っていくんですね。

陽の気で周囲を大きく変えていったヤマモト。
彼もまた、幸せになれてよかった。


馬場 翁 『蜘蛛ですが、なにか?』

マンガ化、アニメ化もして人気のある小説です。

いま(?)流行りの転生ものですが、うら若き女子高生の転生先はなんと蜘蛛のモンスターという、転生=チートの定石を外したサバイバルストーリー。


主人公である「私」は、暗い洞窟の中で目を覚ましました。

記憶しているのは、古文の授業中に正体不明の爆発が発生したことだけ。意味不明ながらも周囲の状況を見ると、卵からわさわさと蜘蛛の子供が生まれてくる、そして、どうやら自分もその中の一人(一匹)らしいということが分かります。突如始まった共食いの嵐から逃げ出して、冷静になった「私」は、自分が異世界で蜘蛛型のモンスターとして転生したのだということを理解し、この世界でなんとしてでも生き延びることを決意するのです。


設定は変化球ですが、よくある、非常によくある転生ものです。
ステータスやスキルポイントという便利機能と、この手の作品では必ず存在する謎の天の声。

うーん、転生、チート。よし世界最強を目指すぞ! というシンプルかつストレートな形を取らずに、まずはマイホーム(=蜘蛛の巣)を作って、怠惰に生きよう、という流れは割と好みですが、結局それも三分の一くらいで終わっちゃうんですよね。

さらに、転生特典!で便利なスキルがおまけされているそうで。
あれ、やっぱりチートですね。

文章のノリが軽いのはネット小説出身ならではなのでしょう。
そのノリについていけるかどうかで、本作にハマれるかどうかが変わって来る気がします。

そうと決まればレッツラゴー!
て、意気揚々と移動し始めたのはいいけど、迷っちゃった。

割とこんな文章の連続ですので。
かつての携帯小説の台頭を見る大人の気分。