北川 恵海 『ちょっと今から人生かえてくる』
もう六年前になりますが、前作「ちょっと今から会社やめてくる」は、かなり話題になりましたね。
ブラック企業で心を病んで死を選ぶ直前、ヤマモトと名のる謎の男に助けられて、新しい人生を歩みはじめた青山隆。
そのサイドストーリーともいえる本作は、青山の周りの人たちにスポットライトを当てた作品です。
群像劇仕立てではありますが、本筋にいるのは、青山の元先輩である五十嵐諒です。
彼は学生時代からずっと、何ごともスマートにそつなくこなす自信家でした。
しかし、就職活動に失敗し、いわゆるブラック企業に入ってしまったところが歯車の狂いはじめでした。
必死でそれでいて、そんな姿を見せないようにあがき続けてきた彼は、後輩の青山に対して手ひどい裏切りをしてしまうのです。
青山が会社を辞めたのちも罪悪感を引きずり続け、体の不調を自覚しつつ会社に通い続ける五十嵐。
ある日、駅でぐったりしていた彼を助けたのは、ヤマモトと名のる男でした。
なれなれしいほどに人懐こくて、だが、どこか憎めないヤマモトのペースに乗せられて、五十嵐も過去を振り切り、自分の道を歩んでいくことを決意します。
どの物語も心が温かくなりますが、私は特に各人の結末が出そろう【『無題』B面】という章が好きです。
幼いころに両親とともに夜逃げをした、というつらい過去を持つ若者が主役の回。
何も持たずに、思い出さえも捨て去った若者が、同僚からラジオをもらうことから始まる話です。
きっと、いつかの未来に僕の持ち物は増える。
これだけ書くとなんでもない文章なのですが、素敵な未来が見えて嬉しくなっちゃいます。
誰もが他者に影響を与え合って人生は回っていくんですね。
陽の気で周囲を大きく変えていったヤマモト。
彼もまた、幸せになれてよかった。