服部 文祥『息子と狩猟に』
「サバイバル登山家」という肩書を持つ著者による、山を舞台にした短~中編の2作からなる作品集です。
ちなみに、「サバイバル登山」というのは、ザックの中に食料からテントからすべてを詰め込むいわゆる登山ではなく、オール現地調達の方式の登山を指しているらしいです。
もちろん、そんな著者の経歴にふさわしく、収録されている2作「息子と狩猟に」「K2」ともに山を舞台をした小説です。
週末猟師が息子を連れて行った先の山で、死体処理に来た詐欺集団と出くわす話(「息子と狩猟に」)
難関として名高いK2へアタックしたパーティーが悪天候に見舞われて死に直面する話(「K2」)
設定は違うものの、いずれも山という人の目のない環境下で、極限状態に追いやられた人間心理を描いています。
自分、あるいは大切な人の命が危険にさらされた時、人はどのような行動をとるのか。
人間を人間たらしめている常識・倫理とは絶対的なものなのか。
【「秘密は自分の口からバレる。しゃべらなければ絶対にわからない」】
「息子と狩猟に」で主人公の倉内が息子に言ったセリフです。
当人たち以外は誰もいない山中。
例え人の道を外れる行為をしたとしても、深く黙していれば、誰にも気づかれることなく日常に戻れるでしょう。
2作とも、明確なバッドエンドではありません。
しかし、一度外れてしまった人間の倫理のタガは、果たして山を下りたからといって元に戻せるのでしょうか。
どちらもあっさりとした終わり方なのですが、なんだかその先に続く仄暗い道が見える気がしてじんわりと怖くなります。
それはある意味、山に憑りつかれたということなのでしょうか。
小説自体も面白かったですが、私はむしろ、著者の経歴に興味を覚えましたので、他の作品も見てみようと思います。
- 作者:服部 文祥
- 発売日: 2020/04/25
- メディア: 文庫